こんにちは、ガブです。
僕は建設コンサルの技術者として独立して10年になります。専門は、橋の補修設計です。
実績としては、
- 社員ゼロ・事務所ゼロ・営業ゼロ・残業ゼロ
- 独立10年、年商3,000万円を安定
- 業界歴24年(会社員14年+独立10年)
- 29歳で国家資格の技術士
という働き方で、平日の昼にボートを出したり、子どもの長期休みに合わせて何週間も旅に出たりしています。
いまは、同じように独立を考えている技術者に向けて、自分の体験を書いています。
もし明日、会社がなくなったら。
あなたは、何で食べていきますか?
資格の話でも、独立の手続きの話でもありません。
もっと手前の話です。
「自分は、会社の看板がなくても価値を出せる人間なのか。」
この問いを持っている人と、持っていない人とでは、翌日から仕事への向き合い方が変わります。
僕も、ずっとこの問いから逃げていました。
会社員時代
会社員時代、僕は建設コンサルタントで橋梁の設計をしていました。
立場は、いわゆる課長職みたいなものです。
技術士も持っていて、年収もそれなりにあった。
でも、毎日が残業前提。
家に帰れば、子どもの面倒も家事も妻に偏る。
子どもの診断が出たあとも、働き方はほとんど変わりませんでした。
「独立したい。」
そう思い始めても、決断できませんでした。
怖いんですよ。
うまくいくのか。
仕事は来るのか。
失敗したらどうするのか。
当時の僕が知っている「一人社長」の印象も、正直よくありませんでした。
安い単価でこき使われているように見えて、
「独立なんていいもんじゃない」
と思っていたんです。
だから、独立の話を妻にも相談できませんでした。
言っても「無理でしょう」で終わりそうな気がして。
(・・・今思うと、勝手に諦めていただけなんですけどね)
転機は、同業者との居酒屋
転機は、同じような橋梁の仕事をしている同業者との居酒屋でした。
彼は、僕と近い技術レベルで、一人で独立してやっていました。
元請けと下請けで仕事をするうちに仲良くなって、
「独立したい気持ちがある」
と伝えたら、掘りごたつの店でちゃんと話そう、と誘ってくれたんです。
「いくら稼ぎたいの?」
「だいたい1,000万円くらい。」
彼は明るく答えました。
「1,000万円ぐらいは、自由に使えるよ。」
その瞬間、胸が熱くなって、肩の荷が下りました。
大事だったのは、ノウハウの細部ではありません。
自分と同じ属性の人間が、ちゃんと食えている実物を見たことです。
技術も、資格も、実績も、それなりに揃っていた。
足りなかったのは、
「自分が独立していい状態かどうか」を判断する力
だけでした。
帰るときには、もうやろうと決めていました。
ある日、携帯が鳴りました
独立してから、ある日、携帯が鳴りました。
前の会社で知り合った発注者の方です。
「ガブさん、ちょっとこれ教えてくださいよ。」
社名は出てこない。
個人の名前でかかってくる。
その瞬間、はっきり分かりました。
この業界では、仕事は会社に付かない。
人に付く。
新しい会社から仕事の話が来ても、よくよく聞くと、
「知り合いが紹介してくれた」
ということが多い。
逆に、僕が誰かに仕事を頼むときも同じです。
「この設計できる人、知らない?」
と同業者に聞く。
名刺交換会で増やした社名ではなく、
頭に浮かぶ個人名で仕事が動いている。
技術者は会社に依存しているようで、
実際には、会社の方が信用のある技術者に依存している。
そう思うと、少し笑いが出ました。
会社員の頃の僕は、
「会社がなくなったら終わりだ」
と本気で思っていたんですから。
独立だけが正解だとは、思っていません
ただ、ここで一つだけ、誤解しないでほしいことがあります。
独立だけが正解だとは、思っていません。
僕の周りにも、会社を移って楽になった人がいます。
上司や制度がつらかっただけで、働き方そのものは好きだった人です。
転職でも、個人名の信用は持っていけます。
一方で、残業前提の枠組みそのものから出たい人は、
会社を変えても同じ壁にぶつかることがあります。
知り合いには、リモートの会社員のまま、時間を上手につくっている人もいます。
環境を大きく変えなくても済むなら、無理に独立する必要はありません。
僕にとって独立は目的ではなく、手段でした。
子どもの時間をつくるための、手段です。
じゃあ、どんな人が独立で苦しむのか
じゃあ、どんな人が独立で苦しむのか。
失敗した同業者を何人か知っています。
だいたい、指示待ちでした。
条件が来るまで動かない。
言われたことだけをやる。
お客さんは、そういう人にいちばん困ります。
逆に、
「こうした方がいいですよね」
「これも先にやりましょうか」
と相手の代わりに考えられる人は、いてもらえるだけで楽なんです。
元請けで14年やってきた経験は、ここに効きました。
発注者に提案し、事業を前に進める癖がついていたので、
独立後は「立場がお客さん側に変わるだけ」で済みました。
図面を書くことだけに閉じていた人は、厳しくなりやすい。
技術力不足というより、考える習慣がない。
看板がなくなったときに、それが一気に表に出ます。
最近は、AIの話もよく聞かれます
最近は、AIの話もよく聞かれます。
図面や計算や資料づくりは、どんどん速くなるでしょう。
でも、計画を立てる、優先順位を決める、現場で判断する。
そこまで任せて安心、とは、まだ思えないんです。
会社に依存しない技術者は、作業を売っているのではなく、
判断を売っている。
資格を集めれば安心、でもない。
先にあるのは、「自分は何を提供できる人間なのか」です。
独立して失ったものもあります
独立して失ったものもあります。
会社が仕事を取ってきてくれる安心。
固定給という守り。
でもその代わりに、いつ働くか、誰と働くか、いくら稼ぐか、休むかを、自分で決められるようになりました。
全部自分で決めるから大変です。
でも、その大変さ以上に面白い。
会社員の頃の僕は、人生の時間をサラリーマン前提でしか考えていませんでした。
世界が、狭かったんです。
居酒屋の掘りごたつで肩の荷が下りた夜から、
少しずつ世界が広がっていきました。
もし今日、一つだけやるなら
もし今日、一つだけやるなら。
独立しろ、とも、資格を取れ、とも言いません。
通勤電車でも、デスクでもいい。
静かに考えてみてください。
もし明日、会社がなくなったら、自分は何ができるか。
その問いに、少しでも景色が浮かぶ人は、
転職でも、副業でも、独立でも、選び方の軸が持てます。
何も浮かばない人は、まだ看板の内側にいるだけかもしれません。
僕が会社員の頃に足りなかったのは、特別な才能ではありませんでした。
自分を見つめ直す時間と、同じ属性の実物を見ること。
そして、行動する決断。
あなたの技術は、会社の備品ではありません。
あなた自身に付いているものです。
そう思えたら、次の働き方は、もっと静かに選べるはずです。
僕の会社員14年と独立後の経験をまとめた、無料の小冊子『独立前兆』を用意しています。
いまの立ち位置がわかる独立診断チェックも入っています。
「辞めたい」の前に、「自分は何で食べていけるか」を確認したい人に、いちばん効く入り口です。
最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
ガブ

