口座に置いたままの金で家を持って回せる

ラニカイビーチ。使う側だった頃

こんにちは、ガブです。

僕は建設コンサルの技術者として独立して10年になります。専門は、橋の補修設計です。

実績としては、

  • 社員ゼロ・事務所ゼロ・営業ゼロ・残業ゼロ
  • 独立10年、年商3,000万円を安定
  • 業界歴24年(会社員14年+独立10年)
  • 29歳で国家資格の技術士

という働き方で、平日の昼にボートを出したり、子どもの長期休みに合わせて何週間も旅に出たりしています。

いまは、同じように独立を考えている技術者に向けて、自分の体験を書いています。

銀行口座に置いたままの数百万円、数千万円。独立して必死に働き、少しずつ貯まってきたその数字。通帳の残高を見るたびに「よしよし」と安心する反面、ふと思うことがあった。

「このお金って、結局何のためにあるんだろうか」

いつか何かのために、といってずっと数字のまま画面に表示されているだけ。お金は使わなければただの数字だ。でも、いざ何かに使おうと思っても、高級車を買う気にはなれないし、ブランド時計を買い集める趣味もない。

インフレになれば価値は目減りするし、墓場まで持っていくわけにもいかない。結局、「何かあった時のため」という便利な言い訳で、ただ通帳の中に閉じ込めているだけだった。本当は、この数字は何と交換できるんだろう。

→ 関連:金持ち父さんを読んでも、金は口座にいた話

目次

ハワイで、3週間暮らすように旅をした

独立して2年目の冬。子供の冬休みに合わせて、家族でハワイへ3週間の旅行に行った。一人社長で時間の自由がきくようになったからこそできた、長期の旅。ワイキキで1週間、カイルアで1週間、ふたたびワイキキで1週間のロングステイだ。

ホテルではなく、キッチン付きのレジデンスをエアビーで借りた。これなら、和食が恋しくなれば自分たちで米を炊ける。現地のスーパーで巨大な肉や見慣れない食材を買ってきて、夜はリビングのソファに寝転がり、テレビを見ながらビールを飲む。共有のプールやジャグジーで、現地の人と片言の英語で笑い合う。暮らすように旅をする。その快適さに、すっかり味を占めていた。

ハワイの海
ハワイ。ワイキキの海

4,000万で、年に2週間

ある日、ワイキキの賑やかな通りを歩いていると、ヒルトンのバケーションレンタルの見学に声をかけられた。暇だったし、冷やかし半分でついて行くことにした。

案内されたのは、ワイキキビーチの真っ青な海が一望できる、信じられないほど広いスイートルームだった。ピカピカの大理石の床、巨大なアイランドキッチン。さらには立派なワインセラーまでついている。

「すごいな……これ、いくらなんですか?」

僕が聞くと、パリッとしたスーツを着た営業マンはにこやかに答えた。

「はい、約4,000万円になります」

4,000万。まあ、ワイキキのど真ん中、目の前がビーチのこの部屋なら、そのくらいするか。一瞬そう納得しかけた直後、耳を疑う言葉が続いた。

「こちら、1年のうち、2週間ご利用いただける権利となっております」

……は?

家が丸ごと買えるんじゃないの? 4,000万払って、自分のものになるのは「年にたった2週間」だけ? しかも、それとは別に毎年の管理費まで数万円、数十万円とかかるという。

正直、小金持ち程度じゃ絶対に手が出ない世界だった。世界には、こういう「権利」をポンと買う真の富裕層がいる。だが、当時の僕には絶望的な壁に見えた。一生懸命働いて、通帳の残高を見てニヤニヤしていた自分が、ひどくちっぽけに感じた。

僕の銀行口座に入っているお金なんて、彼らからすれば「2週間の滞在権利」すら買えない数字でしかない。口座の金は、誰かの家を借りるための「権利」を細々と買うためだけにあるのか。それが「借りる側」の限界だった。

サイパンのアレックス

思い返せば、その少し前に行ったサイパン旅行でも、圧倒的な「持つ側」の力を見せつけられていた。親戚一同、6人の大所帯でのサイパン。滞在先は、日本の家の3倍はある巨大な一軒家だった。それぞれの部屋が20畳以上。庭には大きな専用プールがあり、そこには滑り台まで接続されている。テレビで見るビバリーヒルズの豪邸って、こういうことか。

サイパンの海
サイパンの海

しかも、その家には身の回りの世話をしてくれる使用人がすぐ近くに控えていた。何か困ったことがあればタオルや生活必需品を持ってきてくれ、まるで執事のように振る舞ってくれる。オーナーの「アレックス」という男は、いかにもお金持ちといった風貌で、同じような豪邸をいくつも所有しているらしい。僕たちが日本人だと知ると、「日本人は米が必要だろう」と、わざわざ新品の炊飯ジャーを買ってきてくれた。

毎日プールで遊び、巨大なTボーンステーキを買ってきてはプールサイドのBBQコーナーで焼く。酒を飲み、笑い合い、子供たちがプールに飛び込む水しぶきを眺める。アレックスが放つ、あの余裕のあるオーラ。時間もお金も、誰にも縛られずに完全にコントロールしている人間の空気感。

「自分も、絶対にこうなりたい」

僕は心底そう思った。なぜなら、旅行中は天国でも、日本に帰ればまた地獄が待っていることを知っていたからだ。

サイパンから帰国した翌朝、北海道の凍結した路面を、怯えながら車で通勤していた。ハンドルを握る手がイライラする。信号待ちで、スマホに残ったプールの写真を見返した。昨日の自分と今日の自分の落差に吐き気がした。妻も同じだった。「あーあ、また現実だね」とため息をつき、日々のストレスから些細なことでイライラし始める。そしてまた、うんざりするような夫婦喧嘩の毎日がリピートされる。旅行は現実逃避の麻薬だ。効き目が切れた後の反動は、むしろ前よりひどくなる。

もし僕もアレックスのように、会社に縛られずにお金と時間をコントロールできたら? そうすれば、子供の将来の面倒も十分に見れるし、妻のストレスも減って、この地獄から抜け出せるんじゃないか。でも、ただ「すごいな、俺も頑張ろう」と決意して終わらせたくはなかった。旅行テンションで決意だけして、日常に戻ったらまた同じことの繰り返し。そんな「決意の再演」はもうたくさんだった。精神論ではなく、アレックスの側に回るための具体的な仕組みが必要だったのだ。

ジェイソンのスパイスラック

再び、ハワイの話に戻る。ワイキキの喧騒から離れ、ローカルな空気が漂うカイルアという街に移った時のことだ。前オバマ大統領の故郷でもある。そこで僕たちは、ジェイソンというホストが貸し出しているエアビーの一軒家に泊まっ

→ 関連:ハワイと石垣島の出会いから民泊を始めた話

た。正確には、母屋の横にある離れだ。

到着すると、ジェイソンが室内を丁寧に案内してくれ、奥さんが手作りのケーキを持ってきてくれた。子供がプールで遊んでいるのを見ると、翌日には浮き輪をたくさん買ってきてくれた。「自転車借りたいんだけど、どこかにない?」と聞くと、「うちの自転車、無料で勝手に使っていいよ」と笑う。毎日、妻が作った弁当を自転車のカゴに入れ、家族でビーチまで出かけた。

極めつけはチェックアウトの前日の夜だった。ジェイソンが、キッチンに置いてあるのと同じ「スパイスラック」を持って、僕たちの部屋にやってきたのだ。

「これ、プレゼントするよ!」

実は初日に、妻が「このスパイスラック、すごくいいな」と感動していた。ジェイソン夫婦はそれをちゃんと見ていて、わざわざ同じものを買ってきてくれたのだ。前日、奥さんが慌てた様子で英語で何か聞いてきたのは、「プレゼントしたいけど、スーツケースに入るスペースある?」ということだったらしい。

めちゃくちゃ感動した。声が上ずり、泣きそうになった。翌朝、仕事で不在のジェイソンに代わって奥さんが見送ってくれた時、僕たちは自然とハグをした。

「また、絶対ここに戻ってくるから」

心からそう約束した。自宅のキッチンには、今でもあのスパイスラックが大切に置かれている。

ところが。コロナが蔓延し、数年経ってようやくそれが収束した頃。もう一度ハワイに行こうと、真っ先にジェイソンの家を探した。でも、どこを探しても見つからなかったのだ。家を手放したのか、エアビーをやめたのかはわからない。あんなに温かい思い出が詰まった場所なのに、跡形もなく消えてしまった。

これが「借りる側」の残酷な現実だ。どんなに素晴らしい体験をしても、どんなにその場所を愛しても。自分のものでない限り、ある日突然アクセスできなくなる。借りる側の天井は、どこまでいっても「一時的な権利」でしかない。

→ 関連:持つ側に回る別荘の置き方

「ああ、帰ってきた」

そして、現在。昨年の春休み、僕たちは3週間かけて、台湾、ベトナム、そして沖縄を巡る旅に出た。

台湾では、十份で天燈に願いを書いて飛ばした。九份の狭い路地は肩がぶつかるくらい混んでいて、千と千尋の神隠しの舞台にもなった街並みだ。孤独のグルメに出た店で食べた料理はどれも絶品で、しかも安い。夜市をめぐり、1皿150円のグルメを堪能し、カラスミを買い漁った。

十份
十份。空に天燈が上がっている
魯肉飯
孤独のグルメに出た魯肉飯。メニューは30〜50台湾ドル
台北の夜市
台北の夜市
カラスミ
迪化街のカラスミ

ベトナムのダナンでは、最上階のスイートルームに滞在した。部屋の横にはプライベートプールがつき、ビーチと街並みが一望できる。なのに、1泊2万円もしない。

ダナンのホテル
ダナンのホテル。部屋の横にプライベートプール
プライベートプール
部屋の横のプライベートプール
ミーアンビーチ
ダナンのミーアンビーチ

週末にドラゴンブリッジが炎を吐く姿を見て、橋梁技術者として無駄に興奮したりもした。

ドラゴンブリッジ
ダナンのドラゴンブリッジ

ホイアンの川沿いのカフェでフォーやバインミーを食べながら、フランスと中華が融合した食文化の奥深さに感動した。

ホイアン
ホイアン
来遠橋
ホイアンの来遠橋
ベトナムのご飯
ベトナムのご飯
ホイアンの食事
ホイアンで食べたもの
ベトナムの夕食
ベトナムで食べたもの
ホテルの朝ごはん
ホテルの朝ごはん

市場のカオスな熱気に揉まれながら、身振り手振りで価格交渉を楽しむ。最高の体験だった。

ダナンの市場
ダナンの市場

でも、この3週間の旅で一番心が動いたのは、その後の出来事だった。ダナンを離れ、僕たちが向かったのは沖縄。ホテルでもエアビーでもない。僕たち自身の別荘だ。

飛行機を降り、レンタカーを走らせて家に着く。ポケットから鍵を取り出し、ガチャリとドアを開けた瞬間。ダナンの高級スイートに入った時とは、まったく違う感情が全身を包み込んだ。

「ああ、帰ってきた」

沖縄の家の外
沖縄の家の外。自分たちが使うときは、こうして過ごしています

ホテルにチェックインする時の高揚感とは違う、もっと深くて太い安堵感。ここは、ヒルトンのように「2週間だけ」の場所じゃない。ジェイソンの家のように、ある日突然消えてしまう場所でもない。自分たちの空間。家族の「新しい核」となる場所だ。旅行の延長線上にあるのに、自分の城に帰ってきたという絶対的な安心感があった。あの時、サイパンでアレックスを見たときに憧れた「持つ側」に、ついに自分も足を踏み入れたのだと実感した。

しかも、この沖縄の家は、ただお金を食いつぶすだけの道楽別荘ではない。僕たちが使っていない間は、他の誰かが泊まりに来る。そう、民泊として稼働させているのだ。

僕がいない間、僕の家が勝手に働いてくれる。銀行口座でじっと眠らせていたお金を、ただ「家」という現物に変えた。それだけで、家が自分で稼ぎ、維持費を払い、さらに僕にお金を残してくれる。

不動産投資と聞くと、昔ながらの「大家業」を想像するかもしれない。水漏れしたと呼ばれて駆けつけ、家賃が振り込まれないと悩み、店子のクレームに頭を下げる。僕はそんな泥臭いことは一切やっていない。面倒な手順は、すべて省かれている。スマホに予約完了の通知が入り、チェックアウト後に売上が振り込まれる。ただそれだけ。

口座の数字だったお金が、家族の思い出を作る「新しい家」になり、同時に「自動で稼ぐエンジン」に変わった。口座に置いたままのお金で、家を持ち、家を回す。そんなことが、現実の世界では可能なのだ。

「別荘なんて、本当の金持ちの道楽でしょ」「維持費ばかりかかって、どうせ負動産になる」。僕も昔はそう思っていた。でも、やり方さえ間違えなければ、別荘は「ただの贅沢」ではなく、資産を回す仕組みになる。

ただ銀行口座にお金を眠らせておくのと。それを自分の城に変えて、使いたい時に使い、使わない時は収益化するのとでは。人生の景色が、まるで違ってくる。

もしあなたが、家族でいつでも帰れる「第2の家」を持ちたいと思っているなら。そして、口座に眠っているお金の「もっと面白い使い道」を知りたいなら。別荘が収入を生む仕組みを、少しだけ覗いてみてほしい。

最後まで読んでくれて、ありがとう。

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