こんにちは、ガブです。
僕は建設コンサルの技術者として独立して10年になります。専門は、橋の補修設計です。
実績としては、
- 社員ゼロ・事務所ゼロ・営業ゼロ・残業ゼロ
- 独立10年、年商3,000万円を安定
- 業界歴24年(会社員14年+独立10年)
- 29歳で国家資格の技術士
という働き方で、平日の昼にボートを出したり、子どもの長期休みに合わせて何週間も旅に出たりしています。
いまは、同じように独立を考えている技術者に向けて、自分の体験を書いています。
『金持ち父さん 貧乏父さん』を読んだときは、赤ペンを引きながら何度も頷いていて、お金持ちがどうやってお金持ちになっていくのか、その仕組みが急に分かった気がしたんです。
夜、本を閉じて机の上に置いたあと、赤ペンの線がページに残っているのを見て、昨日までの自分とはちょっと違うみたいな気持ちになって寝たんですけど。
翌朝、通勤の前にスマホで口座を開いたら、数字は昨日とまったく同じでした。
翌朝、口座の数字は昨日のままだった
北海道の朝はまだ暗いので、車のエンジンをかけてから残高を確認するんですけど、桁も残高も昨日のまま変わっていませんでした。
本を読んでどれだけ納得したところで、口座のお金が増えるわけがないのは分かっている。
頭の中では「そういうことか」と思ったはずなのに、僕のお金は1ミリも動いていなくて、ただ口座の底に沈んでいるだけだったんです。
本の内容は分かったのに、肝心のお金は動いていなかったわけです。
「お金を働かせる」という言葉はかっこいいんですけど、口座の中の数字に向かって「働け」と言っても行き先がない。
僕が置き場を決めない限り、お金はずっとそこにいるままでした。
家そのものが、最初から資産なわけじゃない
あの本が言っていた芯は、いま思い返すとすごくシンプルで。
ポケットにお金を入れてくれるハコが資産で、ポケットからお金を奪っていくハコが負債で、家はそのどちらにもなる。使い方次第だ、ということだったと思います。
住むためだけに買ってローンを返して直して維持する家は、お金を食べていく側になる。
同じ家でも、自分がいない月に人が泊まってお金が入ってくるなら、働く側になる。
→ 関連:別荘を買ったら、収入にもできる
家そのものが最初から資産なわけじゃないんですよね。
キヨサキの講義をするつもりはないし、本からの引用もしないんですけど、僕の中に残ったのは、寝ているあいだも口座の数字じゃなく実物が働いている状態を作れるかどうか、という問いだけでした。
分からないものには触らない
とはいえ、読んですぐお金を動かしたかというと、そんなことはなくて。
理屈は分かっても動かす段になると足がすくむので、口座に置いたままがいちばん静かだったんです。
「何かあったときのため」という言葉は強くて、会社でも個人でも同じ言い訳になるし、手元にキャッシュがある安心はたしかにある。
数字が減る瞬間はやっぱり痛かったのを覚えています。
世の中には、その口座を動かそうとしてくる人がいて、銀行で勧められる投資信託とか、節税になるって持ちかけられる商品とか。
そういう話は何度も来ましたけど、僕は買いませんでした。
よく分からない箱には入れたくないし、高級車を見栄で買う趣味もないので、中身の見えないものに大事なお金を放り込むのはどうしても嫌で。
誰かが間に入って利益の出方がぼやけているものより、インフレで少しずつ目減りしても目の前の数字のまま置いておくほうがマシだと思っていたんです。
分からないものには触らない。 それが、当時の僕の防衛策でした。
別荘が実物だったから
そんな僕が別荘というハコを持とうと思った理由は、それが実物だったから、という一つだけでした。

僕は普段、北海道で橋梁の補修設計をしていて、CADで橋の図面を引いて現場に行って、コンクリートの剥落と鋼の劣化を見て荷重を計算しています。
画面の中で完結する数字や、中身の見えない金融商品より、図面と現場があるもののほうが分かるので、家もその延長なんです。
手で触れて、傷みが見えて、直し方が想像できる。
そのハコがどうやってお金を生むかも単純で、そこに泊まりたい人がいて対価を払う。ただそれだけのことです。
遠くのハコが働いている
別荘を持っても毎日掃除しているわけじゃなくて、使わない数ヶ月はほかの人が泊まってくれます。
僕は北海道にいたまま橋の図面を書いていて、冬は凍った道を車で走って事務所で図面と向き合う日常のままなので、生活は北海道から動いていないんです。
遠くのハコが、見えないところで働いているだけでした。
月に1回、管理会社からレポートが来て、稼働日と入った金額を見るだけ。
→ 関連:口座の金で家を持って回す話
シーツは洗わないし、問い合わせにも追われないので、自分が分かる実物が遠くで働いている、という状態を作れました。
無理に焦らなくていいと思います。
「お金を働かせなきゃ」と急かされてよく分からないものに手を出すくらいなら、口座に置いておくほうが正しくて、本棚の奥の『金持ち父さん 貧乏父さん』を今さら読み返す必要もない。
夜ちゃんと眠れるなら、そのままでいいと思うんです。
ただ、家を持つことは一生そこに縛られることだ、という古い考え方からは、もう自由になってもいいんじゃないかと思っていて。
休みたいときは自分も泊まって、使わない月は家が働くような仕組みにすればいい。
口座の底に沈んでいたお金を、目の届く実物に置き換えた。 という話なんですよね。
毎日口座の数字を眺めているだけでは何も変わらなかったんですけど、変える先は自分が納得できる実物じゃないと嫌で、別荘は僕にとって、いちばんしっくりくる置き場でした。
最後まで読んでくれて、ありがとう。

