こんにちは、ガブです。
橋梁の補修設計を専門にしている、建設コンサルの技術者(技術士)です。業界歴24年の実務の中で、現場で迷いやすい判断を設計者の目線で書いています。
橋の補修設計をしていると、若手技術者や施工の現場担当者から、こんな直球の質問を受けることがあります。
「錆びた鉄筋、ケレンせずにポリマーセメントモルタル等の断面修復材で埋めてもいいんじゃないですか?」

質問者の気持ちはよく分かります。
ポリマーセメントモルタル(PCM)のような緻密な補修材料で鉄筋まわりをぎっちり充填してしまえば、外部からの水分や酸素の供給が遮断される。だったら、ケレンを省いてそのまま埋めても腐食反応は止まるはずだ、という直感的な理屈です。
この考え方は、学術的・理論的には「半分正しい」と言えます。外部からの劣化因子を遮断できれば、腐食速度が鈍化するのは事実だからです。
しかし、実務の設計者として、僕はその下地処理(ケレン・防錆)工程を省略してよいとは絶対に考えません。
その理由を、実務と力学の両面から解説します。
先に結論:実務の原則は崩せない
結論から言えば、実務の現場における正解は、道路橋補修マニュアル等の共通仕様に示されている通りの手順を踏むことです。
- 脆弱部のはつり落とし(はつり面の目荒らし・フェザーエッジの防止)
- 鉄筋背面の露出と錆落とし(ケレン処理)
- 鉄筋防錆材の塗布
- 吸水調整材(プライマー)塗布と断面修復材(PCM等)の充填・締固め
「緻密なモルタルで密閉すれば十分」という理屈だけで、この基本手順を省略することはできません。
ケレンを行う最大の理由は「修復材を強固にくっつけるため」
防錆(化学的保護)の話に入る前に、もっと根本的な力学上の理由があります。
赤錆(酸化鉄)が残ったままの鉄筋表面にいくら高強度なモルタルを圧入しても、修復モルタルと鉄筋との界面付着力が著しく低下するからです。
ケレン(素地調整)という工程は、単に「見た目を綺麗にする作業」ではありません。硬化後の断面修復材が鉄筋および母材コンクリートと一体化し、構造耐力と耐久性を発揮するための「強固な下地づくり」なのです。
はつり面の高圧水洗浄、脆弱化したレイタンス層の完全除去、断面修復端部を直角に削り落としてフェザーエッジ(薄塗り端部)を作らない納まり処理。これらすべては、共通して「健全な付着界面を確保する」ために存在します。
表面だけ綺麗に埋め戻したように見えても、鉄筋との界面付着が不完全であれば、温度応力や輪荷重の振動によって界面から微細な剥離が生じます。そこが新たな水の浸入ルートとなり、数年後に再剥落を起こす。実務の現場では、そうした手戻り事例が後を絶ちません。

部分的な断面修復で潜む「マクロセル腐食」の脅威
もうひとつ、局所的な断面修復設計を行う上で設計者が必ず警戒しなければならない現象が、マクロセル腐食(異種金属接触腐食に類する濃淡電池腐食)です。
海外の橋梁保全文献では、リング状に再劣化することから「ring anode(リングアノード現象)」や「incipient anode(初期発生アノード)」、「halo effect」などとも呼ばれます。
これは、新しく打ち直したアルカリ性の高い断面修復部と、その隣にある塩分や中性化を含んだ既設コンクリート部との境界において、大きな電位差(マクロセル回路)が形成される現象です。
その結果、補修した鉄筋そのものは健全に保たれる一方で、補修部のすぐ外側にある「補修しなかった健全側鉄筋」が急速にアノード(陽極)化し、激しい電食・断面減少を引き起こしてしまうのです。

「でも、それって飛来塩分が多い過酷な塩害地域だけの特殊な話ですよね?」
そう質問されることも多いのですが、半分正しくて、半分違います。
確かに高濃度塩害環境下ではマクロセル腐食が極めて顕著に発生しますが、塩化物イオンが発錆限界未満(1.2kg/m³未満)の一般環境であっても、中性化深さの差、コンクリート含水率の差、補修界面からの微小な酸素供給の差によって電位差は容易に生じ得ます。
鉄筋をケレンせず、防錆材も塗らずに放置すれば、この界面近傍の電位バランスの乱れをさらに悪化させ、補修箇所の外側を早期に自滅させる引き金になりかねないのです。
「埋めれば止まる」という直感の危うさ
外部からの水分や酸素を遮断すれば、腐食反応の進行速度が落ちるのは確かです。だからこそ「密に埋め戻せばそれで事足りる」という短絡的な直感が生まれます。
しかし、実構造物において「完全な永久密閉」などあり得ません。
- 錆が残存した界面の脆弱化による、早期剥離・クラック発生
- 補修境界部におけるマクロセル腐食による、隣接部鉄筋の早期腐食破断
この2つの重大な破壊リスクが残る以上、下地処理の手間を省く免罪符には決してならないのです。
余談1:設計要領における「かぶり不足図」の注意点
地域の実務要領、例えば北海道の道路事業設計要領(令和6年12月)などには、鉄筋かぶり不足部に対する標準補修図が掲載されています。
- 純かぶり厚 10mm 以上:ポリマーセメントモルタル充填
- 純かぶり厚 10mm 未満:エポキシ樹脂モルタル充填

この標準図のうちを「純かぶり厚 10mm 未満」の図を仔細に観察すると、鉄筋表面側だけをモルタルで盛り足す納まりになっており、鉄筋の背面側まではつり落とす指示にはなっていません。
発注図書として示されている標準図ですから、仕様規定としてはこの通りに設計・施工を進めることになります。
ただし設計実務者としては、「もし鉄筋の背面側に腐食因子や初期錆が残存していた場合、背面側を起点とした界面剥離やマクロセル腐食のリスクが残るのではないか」という力学的な問題意識を常に頭の片隅に置いておくべきです。
余談2:鉄筋を露出させない「浮き・剥離補修」の仕上がり厚さ
これは各種マニュアルに明記されている統一基準ではなく、僕が実務設計を行う上での独自の判断基準です。
鉄筋露出には至っておらず、コンクリート表層の「浮き・剥離」だけを部分的に削り落として断面修復するケースを考えます。塩害深さや凍害深さの指定がない標準的な補修です。
現場からはよく「PCM材料のカタログ施工限界厚が10mmだから、はつり深さ・修復厚も10mmで設計してよいか」と質問されます。
しかし僕は、粗骨材の最大寸法(Gmax)を目安にした下限厚を設定するようにしています。
– 上部工(RC床版下面など):Gmax ≒ 30mm → 仕上げ下限厚 30mm
– 下部工(橋脚・橋台コンクリート):Gmax ≒ 40mm → 施工余裕を見込んで 仕上げ下限厚 50mm
コンクリートをはつると、表層モルタルが剥がれて粗骨材の頭がゴロゴロと露出します。その凹凸面にわずか10mmの薄層でモルタルを塗り重ねても、骨材の凹凸に追随できず、界面の付着不良やひび割れを招きやすいからです。
材料カタログの「10mm」は、平滑な下地に対する材料物性上の最低施工厚に過ぎません。「実構造物のはつり補修厚を10mmで済ませてよい」という意味ではない、と割り切って設計することが現場での手戻りを防ぎます。
もちろん、変状が深部に達している場合は浮きがなくなる健全層まで深く削り落としますし、鉄筋が顔を出した瞬間に、先ほど述べた「鉄筋全周ケレン・防錆」の基本ルールへと移行します。
余談3:PC部材における断面修復は全く別物
今回の記事でお話しした「徹底したケレンと健全部までの拡大はつり」というアプローチは、鉄筋コンクリート(RC)構造だからこそ成立する常識です。
高強度のPC鋼材が配置されたプレストレストコンクリート(PC)部材においては、このRCの常識をそのまま適用すると、プレストレスの不可逆な喪失や鋼材切断という致命的な事故を引き起こします。
PC桁の塩害・断面修復に関するシビアな力学設計については、別の記事(「PC桁の塩害対策はどうしている」)で詳し
→ 関連:PC桁の塩害対策と断面修復
→ 関連:床版下面のひび割れ補修の判断
く深掘りしていますので、そちらをご参照ください。
おわりに
腐食した鉄筋を、事前のケレンも防錆も施さずに埋めて終わり、には絶対にしません。
- 界面付着力を確保するための徹底したケレン(下地処理)
- 潜在的なマクロセル腐食を抑止するための防錆材塗布
- 骨材寸法を考慮した適切な修復厚の確保と確実なPCM充填
この一連のプロセスを誠実に設計仕様に落とし込むことが、補修構造物の寿命を確実に延ばすための唯一の道です。
現場や協議の場で同様の疑問を投げかけられた際は、ぜひこの力学的・実務的な背景を論拠として説明してあげてください。
普段の補修設計業務で僕は、こんなことに注意しています。
橋梁補修の図面って、ゼロからCADで描き起こそうとすると、特記仕様の書き方や納まりの表現に結構時間がかかりますよね。
僕も300橋を超える補修設計を手掛けるなかで、現場での手戻りを防ぎつつ、効率よく作図するための「図面の型」をストックしてきました。
ここでは、その作図資産のなかから、基本となる「断面修復の図面見本(実務でそのまま使える1枚)」を無料でお渡ししています。
「ほかの工法の図面例も見てみたい」という方は、受け取り時に希望を書いていただければ、次回以降の図面を準備する参考にします。