借りた家で10日暮らして

奄美の海

こんにちは、ガブです。

僕は建設コンサルの技術者として独立して10年になります。専門は、橋の補修設計です。

実績としては、

  • 社員ゼロ・事務所ゼロ・営業ゼロ・残業ゼロ
  • 独立10年、年商3,000万円を安定
  • 業界歴24年(会社員14年+独立10年)
  • 29歳で国家資格の技術士

という働き方で、平日の昼にボートを出したり、子どもの長期休みに合わせて何週間も旅に出たりしています。

いまは、同じように独立を考えている技術者に向けて、自分の体験を書いています。

奄美空港の自動ドアが、静かに開く。

一歩外に出ると、ねっとりした南国の空気が全身を包み込んだ。息を吸い込むと、微かに海の匂いがする。

レンタカーのキーを受け取って、駐車場でエンジンをかける。カーナビの目的地は、ホテルではない。

海沿いの道を南へ走らせて、窓を全開にすると、生ぬるい風が髪を揺らした。

目次

カーナビの目的地は、ホテルではない

今回借りたのは、集落の細い路地を入ったところにある一軒家だ。

車を停めて、教えられた暗証番号でキーボックスを開ける。鍵を取り出して、玄関のドアを開ける。

誰かの家を、今日から数日間だけ自分の家にする。この瞬間の、少しだけ他人の領域に足を踏み入れるような感覚が好きだ。

靴を脱ぎ捨てて、リビングに入る。大きなソファが中央にある。奥には、使い勝手の良さそうなキッチン。冷蔵庫、電子レンジ、食器棚。生活に必要なものは、すべて揃っている。

荷物を寝室の隅に放り込み、さっそく近くのスーパーへ買い出しに出かけた。

地元のスーパーで鳥刺し

見知らぬ土地の地元スーパーは、歩いているだけで心が躍る。観光客向けの土産物屋にはない、リアルな生活がそこにある。

醤油のコーナーには、見たこともないメーカーの甘口ボトルがずらりと並ぶ。鮮魚コーナーには、色鮮やかな地元の魚が切り身になって売られている。そして、パックに無造作に詰められた新鮮な鳥刺し。

地元の人たちが日常の食卓に並べる惣菜を、カゴに放り込む。観光客としてではなく、この島で暮らす人間として買い物をしている気分になる。それがいい。

夜。キッチンの換気扇を回して、買ってきた鳥刺しを皿に移す。少しだけフライパンで炙ってみる。ジュッという音とともに、香ばしい匂いがリビングに広がっていく。

グラスに冷えたビールを注いで、ソファに深く腰掛ける。テレビはつけない。外から聞こえる虫の音だけが、部屋のBGMだ。

自分の家のように、完全にくつろいでいる自分がいる。エアビーっていいな、と素直に思う。

旅行というより、別の場所で暮らしている感覚。ただ寝に帰るだけの、無機質な四角いホテルの部屋ではない。キッチンで料理をして、リビングで酒を飲み、ソファでうたた寝をする。生活の拠点がある、という安心感。

→ 関連:沖縄の家から市場へ野菜を買いに行く暮らし

これが、暮らす旅のいちばんの魅力だと思う。

翌朝、誰もいない砂浜

翌朝。水着に着替えて、車で海へ向かう。歩いて行ける距離ではない。

車を停めて砂浜に出ると、視界いっぱいに青く透き通った水が広がっている。波の音しか聞こえない。誰もいない砂浜に座る。

奄美の海
奄美。朝、砂浜に出ると波の音しか聞こえなかった

ホテルを転々とする旅なら、こうはいかない。毎朝、チェックアウトの時間を気にしながら、トランクに荷物を詰め直さなければならない。忘れ物がないかベッドの下を確認して、フロントで鍵を返す。あの慌ただしさがない。

今は、家に着替えも荷物も広げたままでいい。好きな時に海へ行き、濡れたまま帰ってきて、そのままシャワーを浴びる。洗濯機を回して、ベランダに水着を干す。

この身軽さ。この自由。

滞在は、結果的に10日になった

滞在は、結果的に10日間になった。本当は14泊で予約していた。

けれど、滞在の後半、大きな台風が島に近づいていた。スマホの天気図は、真っ赤な渦が島を直撃する進路を予想している。飛行機が飛ばなくなる前に、予定を早めて島を出ることに決めた。

台風が怖くて逃げたわけではない。自然の力には逆らえない。足止めを食らうリスクを見て、避けただけだ。

それでも、10日間も一つの家にいれば、すっかりその場所の空気に馴染んでしまう。近所の犬の鳴き声。夕方に流れる町内放送のチャイム。それらが、自分の日常の一部として組み込まれていた。

ただ、その「暮らす」という体験には、予想外の付属品があった。

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初日の夜、隣の怒鳴り声

初日の夜。深夜1時30分。突然、尋常ではない怒鳴り声で目が覚めた。隣の家からだ。

何を言っているのかは、壁越しでははっきり聞き取れない。でも、声のトーンが異常だった。窓を閉め切っていても、空気を震わせて響いてくる。ただの夫婦喧嘩のレベルではない。何かが壁にぶつかるような、鈍い音も混じる。怒り、悲鳴、そしてまた底知れぬ怒号。

暗闇のベッドの中で、自分の心臓の音がうるさい。警察を呼ぶべきか。スマホを手に取り、画面の青白い明かりを見つめる。迷った。

もし通報して、巻き込まれたらどうしよう。せっかくの旅行が、警察の事情聴取で台無しになるかもしれない。誰かが怪我をしているのだろうか。それとも、ただ酔っ払って暴れているだけなのか。

布団の中で息を潜めて、じっと耳を澄ます。結局、しばらくすると声は唐突に止んだ。静寂が戻った部屋で、緊張の糸が解けないまま、浅い眠りで朝を迎えた。

数日後。また夜中に、あの声が響いた。

「あ、今日も始まった」

人間とは不思議なもので、二度目、三度目となると、恐怖よりも慣れが勝ってくる。初日のような、心臓が跳ね上がるパニックはない。ただ、うるさいなと思いながら、寝返りを打つ。またか。そう思いながら、再び目を閉じる。

ある日の昼間。外に出た時、隣の家の様子が見えた。女性が、自分の家の裏手にある別の家に向かって、激しく怒鳴り散らしていた。ホストに対して怒っているわけでも、僕たちゲストに対して怒っているわけでもなかった。彼女には彼女の、この集落での長年の確執や、複雑な事情があるのだろう。観光客には分からない、根深い何か。

その時、ふと気づいた。僕はゲストとして、他人の場所の「夜」を借りたのだ。綺麗な海や、快適なキッチンだけではない。その土地の、その場所の、リアルな日常も一緒に借りている。ホテルという綺麗にパッケージされた空間では見えない、生々しい生活の裏側。隣人の怒鳴り声も、その一部だ。

それをそのまま味わうのが、民泊という仕組みなのだと思う。

現場は、自分の仕事にしたくない

もし自分が、この家のオーナーだったらどうだろう。ふと、そんな考えが頭をよぎる。

隣人のトラブルは、直接のクレームや評価の低下に直結する。「夜中に隣から怒鳴り声が聞こえて怖かったです」。そんなレビューを一つ書かれれば、次の予約はパタリと止まる。現場の対応に追われて、精神をすり減らすことになるだろう。警察に相談し、隣人と話し合い、恐怖を感じたゲストに謝罪と返金をする。

僕は、現場を自分の仕事にしたくない。

旅行先で、あるいは自宅でくつろいでいる時に、トラブル対応の電話を握りしめるような真似は絶対にごめんだ。クレーム処理のために、自分の時間を切り売りしたくない。

でも、ふらっと寄れる家は欲しい。荷物を置いたまま、朝から海へ行ける家。地元のスーパーで買ったものを、自分のキッチンのように料理できる場所。そういう拠点が、いくつかあればいい。好きな時に行き、好きな時に帰る。

ならば、どうするか。使わない月は、家のほうが一回働く。現場は、自分の仕事にしない。本業は北海道のまま。好きな時に行って、暮らすように滞在する。

急ぐ必要はない。毎回、こうして誰かの家を借りるだけでも十分に楽しい。エアビーで暮らす旅は、それだけで価値がある。世界中に、借りられる家はいくらでもある。荷物を置いて、海へ行き、ビールを飲む。それだけで、人生は十分に豊かになる。

でも、もし「借りる」から「持つ」へ視点を変えた時。ただの別荘ではなく、自分が使わない時間に稼いでくれる場所を作れたら。それは、新しい自由を手に入れることと同じだと思う。

最後まで読んでくれて、ありがとう。

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